《 星の宮 》徒然草-150
そこは昭和20年の8月終戦前日に大空襲によって多くの市民がその川に身を投じ亡くなっている、哀しく悲劇的な川なのである。その名も星川という。
成人以降全く町へ足を運ぶことは失くなった。近くのモール街や東京へ出て行ってしまい、町へ行く、まして町を歩くなど皆無だった。それが何十年振りに町の店に出向くことになった。たまたまその物はその店でしか扱ってない事が判り、行くことになった。待ち時間があったので近くを散策した。おそらく子供時代以来だろう。
未だに店を続けている変わらぬ佇まいの風景もあり、今はもう無くなって様変わりした店もあり、僅かな昔の面影を残しつつ、町は変わっていた。そんな中に当時から今日まで営業を続けている楽器店があった。
何気なくその店に足が向き、入った。すると、2階のピアノ売り場からショパンが聴こえてきた。「夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)」が流れて来た。2階に足を運び弾いている人をみたら、銀髪の70代半ばと思しき男性だった。一見その風情は、上下のトレーニングウェアで、散歩の途中にふらりと立ち寄った気ままな余生を送っている一人の老人だった。
どうみてもショパンのノクターンのあの狂おしいほどのメロディーを繊細にかつ叙情たっぷりにフェルマータをかけてねっとりと奏でているその姿に、しばし呆然とした。
人は見かけではない。人生は唯生き延びて長生きすることでもない。あのショパンのノクターンを弾くために生まれてきたのだと云っているかのようだった。我が町熊谷は星川、即ち天の川が通っている宇宙の中心なのだ。だから私の住んでいる地は「星宮」という。