人間関係悩み解決の枕詞『この世はすべて鏡に映った私』
「これは私のことですけど」
を必ず言ってから言うようにと、先生が話された。そのときは人ごとのように笑っていた。
先生は講座で「他者を通して自ら語る」を、私たちに刷り込むように何度も何度も言われる。だから私は、誰かが人のことを言っているとき、「それはあなたですね」と心で思っていた。私に言われることも勿論そう思っていた。
この枕詞により、私は知らない間に、何も人の話を聞かない人間になっていたんだと気付いた。それはあなたのことねと、反射して相手にすべて返してしまったら、私は何? なんて傲慢なんだと恥ずかしくなった。その片手落ちに気付かせてくれたのが枕詞「これは私のことですけど」だった。
私も他者の前に鏡を置いて、私自身を語っていたことに、今更ながら気付いた。それは自分を守ることでもあった。常に先生はお互い様、相互性で、この世はすべて鏡像だと言われている。
以前講座で言われたことをもう一つ思い出した。
好きな事、物、人は自分が承認している好きな自分。
嫌いな物、事、人は私が承認していない、無意識に蓋して仕舞い込んだ、私自身も知らない否定している自分。
「これは私のことですけど」から始めた悪口や愚痴、批判などは、排除した私自身。
人のことだと思うから何でも言いたい放題言える。
が、しかし言いたい放題言っていることは何だろう。ただ言いたいだけなのだろうか?
それは感情ではないかと思えてきた。無意識の奥深く仕舞い込んで排除していた言葉だから、知りたくないこと。
そうなると過去のコンプレックスかトラウマかその再現でしかない。だとしたら自分だと思うと何も言えなくなる。
私は、「他者を通して自ら語る」をやっと理解できたように思った。
人のことを言うことは決して悪いことではなく、自分を知る絶好のチャンス。この枕詞がとても素晴らしく思えてきた。そして「それが私です」と認識し自覚し受け容れる。
私はかつてより、豊かな人間に成りたいと考えていた。豊かさとは、自己知だと先生が言われていたことが思い出される。日常生活していて、目に留まったり、聞こえたり、何故か気になったとき、それについて思考化内声言語で頭の中はぐるぐるする。
けれど、すべてのことは私を映した鏡。「あなたはこうですよ」と私を教えてくれる。
その度に「はい。それは私です。承知しました」と受容すれば、どんなに私の中に言語が増えて豊かになるだろうか。
そして「受容した言葉は、感情と分離された言語だけになる」とも先生は言われていた。
私は、とても穏やかで豊かなになったしあわせな自分が想像できた。
これからは、枕詞「これは私のことですけど」を必ず付けて、色んなことを人に直接言うのではなく、鏡に映った私と内声言語で対話して「はい。それは私です」と受容していこう。
そんな風に気付けて考えさせられた講座だった。(受講生 M)
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