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ブログ  精神分析家の徒然草 

《今だけ》徒然草-110

那須に行くと、食事はほぼ外食になる。これが何とも大仕事で大行な問題となる。要は、食べる物が無くなり、結局いつもの無難な当たり外れのない回転寿しになってしまう。まこと芸の無い、素気無い食事になってしまう。

今は、回転してないが、タブレットで注文すると直行して皿の上に乗った注文の寿しがスピーディーにやって来る。けたたましい音を張り上げて、早く取れと言わんばかりに滑るようにテーブルの許に来る。取り損ねると、行ってしまう。とまれ、座って直ぐに注文すれば、口に入り、好きな分量だけ腹に入れられることが最大のメリット、それが回転していない、回転寿しである。

流石にそこばかり行っている訳にはいかず、色々と目先を変えてはみるが、結局はメニューに悩むのだ。



そこで登場するのが、ファミリーレストラン「C」である。その日、行く所がなくなり、究極の食事処「C」に入った。入口でタッチパネル操作して、席番号をもらい、座ってタブレットで注文し、水は自分で取りに行き、ほどなく料理が運ばれてくる。それはロボットの配膳だった。料理をとって頭をなでると帰っていく。食事も終わり、会計をする。その時初めて人と話し、接し、会計して外へ出る。

夕食の先ほどの事は一体何だったのか、初夏の夕風の涼やかさと裏腹に、何か釈然としない、モヤモヤした居心地の悪い不快感を持った。否、不快というより、気持ち悪さと言った方が近い。



既に他の業種の店でも、無人化は進んでいる。無人販売は田舎の国道端の無人野菜売り場だけかと思っていたら、今や都市全体がいずれそうなると想った時、何か空恐ろしい気がした。

人間と対面し、話しをしながら買い物したり、食事をしたり、相談したり、会話をする機会は、もう既に失われつつある。ほどなく、人間社会から人と人との対面が見られなくなるだろう。人間社会の元型があるのは、今だけかもしれない。

 

精神分析家 蘇廻成輪

 

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