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精神分析療法の勧め【ポリアンナ症候群から脱出した私】

心が不調になったとき、そして自分の力では回復が難しいとき、人は誰かの助けを必要とします。でも誰を頼ったらいいのかは、とても難しい問題だと思います。

実は私も治療者がすぐには見つからず、苦労したことがあります。

精神科ではまともに話を聞いてもらえず、カウンセリングでは理解してもらえず、助けを求めにいったはずの場所で新たな心の傷ができてしまうという、悲しい思いもしました。

でも最終的にこちらの精神分析療法に辿り着き、今は健康な心を手にしています。

目次

精神分析療法を受けた私の体験談

私は幼い頃、母親から『愛少女ポリアンナ物語』の「よかった探し」を教わった。

『ポリアンナ物語』を通して母が私に伝えたことは、不幸の中に幸せを探すという生き方だった。

その母親のメッセージを受け取った私は、その日からポリアンナになった。しかし、それは無意識となり、私はポリアンナになったことを完全に忘れ、それがあたかも私の考えや私の性格であるかのように生きた。

後年私は精神分析療法を受けることになるのだが、それにより無意識となっていたことが意識化された。そして今まで点でバラバラだと思っていた数々の出来事が一つの線として繋がり、苦しみからも解放された。

私が思い出すかつての私は、不幸だったにもかかわらず笑っている私、普遍的な目で見て不幸な家庭に育ったと分かっていながらも自分を不幸だとは思ったことのない私、むしろ、この環境だったからこそ今の私があり幸せなんだと思っている私、暗く落ち込む周囲を励まし元気づける明るく前向きな私などである。

このように私は無意識のうちにポリアンナになっていた。

また、私には自分が不治の病にかかったと思い込んだ時期があった。不安に駆られて何度か検査をしたが、私はその病気ではなかった。しかし、この先罹患するかもしれないという不安や、検査結果が間違っていて本当は病気なのではないかという疑いが残った。いわゆる心気症だったのだ。

この時期に私が考えていたのは、「もしその病気になったとしても私は自分を幸せだと思えるだろうか?」ということだった。

実はポリアンナ物語の中にも、自動車事故により足が動かなくなったポリアンナが、医師から「二度と立ちあがることの出来ない体になった」と宣告され、得意の、よかった探しができなくなるという話の展開がある。

私がポリアンナの絵本を読んでいたのはまだ幼い頃で、意識的にはぼんやりとした記憶しかないのに、にもかかわらずポリアンナのようになっていた私がいた。

「もしその病気になったとしても私は自分を幸せだと思えるだろうか?」という問いに続いて、「私は本当に幸せなのだろうか?」という問いも浮かんできた。いくら考えても答えが出ず、とうとう「そもそも幸せとは何だろう?」という問いに至ってしまった。

後に精神分析療法の中で「幸せとは?」の答えを精神分析者の姿の中に見出し、最終的には、夢解釈を通じてその答えである「私の幸せ」の言語化に至る。

精神分析療法を終えた今の私は、トラブルなどのない平穏な日々が日常で、時にその日常からアップした幸せな時間も過ごしている。

精神科、心療内科、カウンセリングで良くならない方へ

途中に出てきたかつての私は「ポリアンナ症候群」や「心気症」と診断されるかもしれません。

実は私はこちらの精神分析療法を受ける以前に、他のところで「心気症」という診断を受けたことがあります。でも上に書いたように、私の病気不安は心気症の様相を呈しているものの、ただの心気症ではないために、治療は上手くいきませんでした。

こちらの精神分析療法では、単に症状にあてはまる病名をつけるのではなく、言語分析というものをした上で診断してくれるので、病院やカウンセリングなどでは汲み取ってもらえない方の改善・治癒にも対応してくれます。

私は治療者探しには苦労しましたが、こちらの精神分析療法を受けてからは、順調に回復していきました。

このような私の経験から、精神科、心療内科、カウンセリングなどでは良くならない方は、一度こちらの精神分析療法を受けてみることをお勧めします。

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