好きなことと私の生きる意味「依存症」がテーマの精神分析講座を受けて
この講座を受けたことにより、私のこれまでのセラピー体験を言葉によって辿ることができました。
セラピーを受け始めた頃、私は“自分の居場所ができた”と感じていました。それは、セラピーに通うことが私の生きる意味だと思えたからです。先生が精神分析を好きで、私に関心を持ってくれて、楽しそうにセラピーをしている姿を見たから、自然とそう思えたのだと思います。私がセラピーに通うことを歓迎してくれて、そんな風に“人を喜ばせることができる私”であることは嬉しいことでした。この時の私は先生に依存していました。
数年のセラピーの後、“最初は先生に居場所を作ってもらったけど、今度は自分の居場所を自分で作ってみたい”と考えるようになりました。言い換えると、私の好きな対象(好きな人、好きな物、好きな事)が欲しいと思うようになりました。
好きで楽しいと思える対象が何かはわからなかったけど、触れ続けていれば私も対象を好きになれるかなと考え、自分の無意識を頼りに(精神分析家の言葉を頼りに)対象と向き合ってきました。先生の講座もその一つで、わからなくても続けていたら、“先生の講座って楽しいな、私って人間についての話を聞くことが好きなんだな”と意識できるようになりました。
講座の後半は人間関係依存の話で「これは依存症ではなくて依存してほしい。というか人間はここでしか人間でありえないし、成長しない。ものと行為による依存では何も成長しない。」ということを聞きました。正に私はセラピーでその通りの道を歩んできました。
「私が多くセラピーで扱うのは依存できない人ばかり」と先生がおっしゃっていたように、私にも依存できる家族はいませんでした。だからといって人間として生きられずに、成長しないまま生涯を終えることには至りませんでした。親や兄弟の代わりに精神分析家である先生に依存できたことで、人間として生きることができているんだなと、今の私へとつながりました。(受講生 K)
【関連コラム】
⇨《セラピストの一言》精神分析を受けた方の変容とセラピーについて
⇨ 引きこもり