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ブログ  精神分析家の徒然草 

《 奴隷 》徒然草-179

人間の身体能力は、どこまで野生動物の運動能力に近づけるのか、と思わせられたのは、冬季オリンピックのスノーボードの競技を観てである。スキーは唯滑るだけだが、スノーボードは宙返りしたり、飛んだり、回転したりする。曲芸をみているようで、何が楽しいのか判らない。選手にしたら観客の想いなど全く関係ないだろう。

自らのイメージの具象化だけに、毎日毎日練習をし続けて臨んだ大会で、金メダルだけが目に浮かび、それを目指して一瞬に賭けている。莫大な練習時間は、僅か数分の競技のためだけに費やして来たのだ。



それが目的を果たせなかった時の、圧倒的な徒労感に対して選手はどう立ち向かっているのだろう。想像だに出来ない心の疲労感と闘うことになる。それでも選手は金メダルを目指す、各々の思いで。

その中で、金メダルをとった19才の少女がいた。金メダルまでのコーチとの練習風景が紹介されたTVを観た。コーチはゴルフ場を買い、そこに練習場を作った。夏でも滑れる本格的なものである。そこで指導している風景が、人間の真理を伝えていた。

それはスノーボードの極意ではなく、人間にとって最も大切なことはコミュニケーションであるという、人間の生きる意味を教えていた。



コーチは語る。「先ず選手の考えと思い、感覚をきき、それにコーチとしての考えを合わせ、ビルドアップ(build up)していく」と。すると選手は一度で問題点の動きに修正を加え、身に付けて覚えてしまう。その修正力の速さと完全度は、驚異的である。それもこれも互いの考えと意志が歪曲されず、そのまま受け容れられ、理解され、修正し、実行されてからに外ならない。

人間にとって最も大事なことは、すべての行為を物質化する根本にコミュニケーションがあることを実証するコーチと選手だった。これも一重に言葉に忠実に従ったことの結果である。これをラカンは「言語に隷属する」と言った。

人間が人権を失うのは「奴隷」である。言語の奴隷になれない人である。本来「奴隷」は信頼の別名なのである。

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