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ブログ  精神分析家の徒然草 

《 美しき日本 》徒然草-174

異常気象と言われ始めてから何年経っただろうか。最早、異常は通常になってしまった。南でしか捕れなかった魚が、海水温の上昇により、北の方で捕れるようになってしまった。

夏は長く、秋がないまま、梅雨もないまま、冬に入ってしまった。四季に減り張りがなくなり、季節感が狂い始めた。日本の自然の美しさは、四季の移ろいを表す、色の移り変わりである。その色が変化しつつある。色の競演も華やかさに欠ける静かなものに様変わりして来た。

自然の気候変動は、四季の移り変わりの歩みのもたつきに表れて来た。日本の四季もこれから先、失われて行ってしまうのは確実である。日本人であるアイデンティティは四季の移り変わりと共に食も変わっていくデュエットこそ、日本そのものである。この歩調が乱れてしまえば、日本は日本でなくなる。



自然と食は一体となって、日本人の文化と食文化、それに生活をつくってきた。それが崩壊してしまう危機を感じる。

春に桜が咲き、夏に花火、秋に紅葉、冬に炬燵を囲む家族の風景が無くなるのである。当たり前に繰り返し、過ぎて行った時間と風景が無くなるかもしれないのだ。

人の営みは家族と地域の人々が作り出す集団の営みが、日本の生活の基本である村にあった。その村の集いが地方となり、その連なりと集合が日本国なのである。見えない絆と手と手が繋がって一つになっているのが日本人なのである。

文化という目に見えないハンドインハンドの繋がりにより、日本人は一つになっている。だから民族の分断も行われず、ずっと一国一民族を続けていられるのだ。



世界唯一の国家である。政治力はともあれ、民族としては、その一民族という純血を守り、二千数百年の歴史を生き抜いてきた、稀な国家である。その一つの要因に、天皇制と八紘一宇の精神がある。一つ屋根の下に集う一家族の概念が、国を一つにしてきたのだ。

これは右翼左翼の政治的思想的問題ではなく、日本人として、そのDNAに刻まれた、集合無意識によると私は言いたい。国粋主義や天皇崇拝ではなく、純粋に私は日本が好きである。それだけのこと。美しき哉 日本。

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