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ブログ  精神分析家の徒然草 

《 陽光 》徒然草-157

春になると、大地はそれまでの土色と白だけの精彩を欠いた表情が一転して、ネモフィラの青、つつじの赤、白、黄色と色取り取りに色彩のシンフォニーに揺らぐ華やかな大地に一変する。

そこに、春の柔らかな陽光とやさしい風が吹き抜けて、爽やかな香りを運んでくる。春は地球の賛歌のように、光も香りも空気もすべてが澄み渡り響き渡る。地球が最も美しい星の装い包まれている時である。



オープンカーに乗り、春の陽光とさわやかな風を肌に感じていると、何故かムンクの「春」が浮かんで来る。ムンクの作品の中で、私が最も好きな絵である。これと対に好きな絵が「病める子」の油彩画である。

各々、「春」は1889年作、「病める子」は1885~86年に制作されたものである。私の頭の中では、この二枚の絵が一つになっている。多分その原点は、小学校の低学年の頃か、それ以前の幼い頃、麻疹にかかり、独り布団に寝かされ、熱にうなされていた心細さに心持でいた処、熱も冷め、ハット目覚めてはね起きた時、家の者は誰も居ない事に気付いたのが重なり、不安は頂点に達した。

ところがその時、昼頃だったろうか、春の暖かい陽光が周囲を真白に輝かせ、光の国に居るような安心感をもたらした。あの陽の光で明るく照らし出された孤独な空間が急に華やいだのを、今でも憶えている。



そのイメージがムンクの「春」の、病気の少女が椅子に座って、窓辺に向かい白いレースのカーテンが開け放たれた窓から入ってる春の風の優しさと陽光の眩しさに顔を少し右に方向けて、少しうつ向き加減に眼を閉じた横顔が、私のあの時の自分と重ねるのである。

レースのカーテンが風で少しふくらんだ、その曲線が、暖かなぬくもりを感じさせる。少女の傍らには母が寄り添って少女を見守っている。なんと穏やかな、至福の時が流れている画面の少女は、実はそれは私自身であった。

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