《自己の喪失》徒然草-99

私が求めた「叶わぬ夢」とは、人類と地球の明日の平和と再生になってしまった。地球は平均気温(14℃前後)が1.5℃を超えたら、もう元に戻れないで、海面は2100年1.5m上昇するとの予測。

アマゾンの木々は悉く伐採され、CO2は増加し、水不足、食料不足に人口爆発で、地球は既に定員オーバーの転覆寸前のタイタニック号である。そこからノアの方舟が僅かな人類を乗せて、脱出でき、生存できる人間が居るのだろうか。
幼い頃は、永遠に続き、終りのない世界だと思っていた。それに何の疑いも抱かなかった。永遠が何であるか知らないのであるから、無限も又判らなかった。しかし、終焉が見えてくると、永遠とは何かを問いかけたくなる。
人類はいつしか個を超えて、人類という一つの個になってしまった。それは個々人がSELFを持たなかったからである。個の確立があれば、決して集団にはなりえず、権力者や一握りの治政家に牛耳られることはなかったのである。
しかし、今それに気付いてももう遅い。個を超えた社会的ネットワークという一つのSELFが構築されてしまい、そこから抜け出して独り生きていくことは非常に困難になってしまったから。

個を取り戻すことの無力さを、PCがつくるネットワーク社会が突きつけてくる。特に無力なのは「愛」である。物質社会は金と物でしかなく、目に見えない物質化できないモノに対して一向に配慮せず、一切の考慮の対象から除外する。
今こそ人間の心に注目すべき時である。その使命を果たせるのはラカン理論と精神分析の科学でしかない。
人類遺産、本当に人類にとって必要で救い主となるのはラカン理論なのである。勿論宗教もその一躍を担うが二千年経っても状況は良くならないどころか、悪化している。きっとこの世界を救うのは精神分析の科学だという夢を抱く。
精神分析家 蘇廻成輪