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精神分析者の徒然草  ブログ 

徒然草-96《騙し》

2023年1月のテーマ別講座で「老いるとは、青春に帰る」をテーマに、老後のアイデンティティをさがそうを予定していた。そんな時、TV映画で「数奇な人生」というのを見た。テーマは老いが生まれた時から遺伝子異常で成長することが老いていくことで、4才なのに外見が白髪とシワとハゲた老人なのである。

その彼が14歳の少女と友達になり、終生関わり合い、遂には結婚し、子供を設けるが、老人から成長はどんどん若返っていくという、生命の成長に逆らって幼子になっていってしまい、遂には赤ん坊になり、その彼女の懐に抱かれて死んでいく、正に数奇な人生を辿る。



老人から年を経るにつれて若返っていく様は、今の自分に重なった。私は格言でこの言葉に出会った。即ち「老いるとは青春に帰ること」に。このフレーズは、分析と自己分析の末に、今の自分なら本当に人と交流でき、人を愛し、人と共に生きていけると思った。

その時、今の他者への理解力と分析力があれば、真に人と交流できる。人と出会って共に生きていこうと必死になっていた青春時代を、今なら送れると思った。そこで生まれたのが、このフレーズである。

よく、もう一度やり直せたなら何処からという質問があるが、私は迷わず、最初から生まれ変わるではなく、今の知性と分析と心の感性で人と出会いたいと言う。今なら理想通りの思い描いた青春を想いのままに生きることが出来る。精神は整ったのに、唯一肉体が老いた。願うなら、あの映画の主人公のように、年毎に若返っていく時間に逆行した成長のDNAが欲しい。



かつてから私は言っている。我々人類はDNAに騙されて老いるのが肉体だと思い込まされている。この騙しに乗らずに、肉体の細胞は再生能力は500年あると信じているなら、人は五百歳まで生きられると、私は二十年前から言っている。

では何故それに気付いて五百歳まで生きた人間がいないのか。いや居た。それは仙人である。地球上に存在した、それは仙人と言われる人達である。人はいつも青春を生きている。そう叫べ。

 

精神分析家 蘇廻成輪

 

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