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精神分析者の徒然草  ブログ 

徒然草-89《学ぶ》

人間の脳と体は、パソコンのソフトとハードに喩えられている。ソフト=思考のプログラムで、論理であり、アルゴリズムである。そのソフトを電子回路で計算するハードは、体のエクササイズで、何度も同じ事を繰り返していると、体が覚える訓練と同じメカニズムである。

要は、脳も体も繰り返すことでそのパターンを憶えて反復できるようになる。更にそこから発展して、新しい行動をとる。これがAIと同じ、人間も学習機能がある。要は、経験値の差異が、新たなアルゴリズムを生み出し、新たな世界を形成する。それは反復ではなく、新しい枠組み(パラダイム)の作成である。



人間の行動科学は、動機-実行-結果を繰り返す。先ず動機がある。それは行動の原因である。あらゆる動詞の因になる言語が存在する。「走る」は時間に間に合わせるとか、健康のためとか、ダイエットでとか、マラソン大会に出るためとか、各々の走る原因がある。何の動機もなく走っている人は、夢遊病者である。人は常に動詞によって動機をつくる。何の為にその行動を取るのか。

8月のある日、母と娘が15歳の少女に後をつけられて、背後から包丁で刺された。その少女は言った。「人は本当に死ぬのか」「母を殺すための予行練習」と。まるで、その少女の動物実験に付き合わされた悲しい事件だった。

人心の荒廃は、人を人と想えない、共感性の欠如はコロナウイルスよりも確かに蔓延してしまっていることを実感する。生も死も判らないから、人が死ぬことを確かめたかったと言う少女の心にあるものは、虚無である。脳は生きる生命を学習していない。



人間が最初に学ぶべきことは、読み書きや計算ではなく、生命とは何かを実感することから始めよ、と少女は言っているのだ。生きている実感が全く無い少女は、生きる、生きている肉体・生命の手応えを死から学ぼうとしたのだ。

脳は文字や言語・記号などの象徴的世界の認識と、音楽やリズムといった感性と、建物や自然の山、海、森だどの空間的把握の能力を各々学んでいく必要がある。

何より、その三つの能力を統合して人間の脳であり、ソフトの形成なのである。このソフトがなければ、肉体は動かない。加藤死刑囚は言った。「私はソフトのないパソコン」だと。

 

精神分析家 蘇廻成輪

 

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