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精神分析者の徒然草  ブログ 

徒然草-88《今は》

この世には科学的説明できないことがいくらでも在る。すべて現象を科学と物理学・数学で説明出来る訳ではない。それを人は超常現象という。主には神霊現象といわれる物質化しない像だけの現象と、UFOである。

科学は眼に見えるものを科学という論理的帰結する因果論で把える。それで説明できているこの宇宙の現象はほんの数パーセントくらいであろう。物質も4%くらいしか解明されておらず、ほとんどはダークマターといって暗黒物質として不明である。



我々は何も判らないこの現象世界に誕生して、五百数十万年の人類で、何一つ宇宙のことなど知らない。何も知らないのに存在し、生存し続けている。唯一明確な事は、人間は私利私欲で、その為には同類の人間を平然と殺し、独り占めしようとする事実は判っている。

人間の欲に不可解も不知もない。そんな人間社会とは全く関係なく、科学を超えた現象は厳然として存在する。

私も今から四十三年前の27歳の時に体験している。ある日突然神が舞い降りた。そして神との対話が始まった。その頃宇治に住んでいた。その前は京都の街中に居た。京都時代はほとんど寺ばかりお参りして、神宮や大神関係はなく、霊的現象にも遭遇しなかった。

それがある日突然、神が私に語りかけてきた。それは、預言めいたことより、○○神社へ行け、とかの指示が多かった。二月だったか、天橋立の伊勢神宮の元宮、一の宮神社に行った。



私の認識には存在しない神社で、それを皮切りに、天河大弁財天、浜岡のある神社、伏見稲荷など、あちこちの神社を参拝した。何の為に? それは今でも判らない。だが、縁ある所であるらしい予測しか持てない。理由は判らない。

そんな事を憶い出させたのが、夏休み中に観たTV番組の「ごりやくさん」で放映した「天河大弁財天」だった。確かに行った。ナレーションで「神に招かれた者のみが、その地を訪れることができる」と言っているのをきいて、ハッとした。

あの当時私は何の意識もなく、唯言われるままに天河に足を踏み入れたが、あれは神の思し召しだったとすれば、今日の私の生命はあの時約束された今を生きていることになる。今の私は観音と普賢菩薩の行をするよう言われている。

 

精神分析家 蘇廻成輪

 

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