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精神分析者の徒然草  ブログ 

心理カウンセラーの徒然草-35《草の花》

TVのスイッチを入れれば、コロナのニュースかバラエティーしかやっていない。それしか映らない。
バラエティー番組で○○ベスト10商品を紹介して画面を埋め合わせている。翌日それを買いに店に行くと、棚は空になっている。2〜3日経って行くと、棚に商品は何事もなかったようにいつもの姿で鎮座している。

それを買い、食しても、こんなものかで終り、感動することはまずない。いつものことなので腹も立たず、唯々他人の味覚とそれを信じて頼った自らの怠慢を嘆くのみ。

美味しいものは、自分の足と味覚で探せということだ。
コロナはコロナで、世界中で感染者が一億人を超えたという。間近に日本の総人口一億二千万人に達するだろう。一国がすべてコロナに犯されたことになる。


残るは77億である。地球の定員は75億とも100億ともいわれてるが、既に定員オーバーなのだ。
人間は他の星に移住するしかないほど繁殖してしまったのだ。戦争しようが、ウィルスが広がろうが、食糧危機であろうが、温暖化が進もうが、二酸化炭素で覆い尽くし、地球を汚染し続け、人口を増やし続けている。

これを繫栄といえるのだろうか。
常軌を失った狂気の沙汰としか思えない暴走をしている。人間はどこに向かって突き進んでいるのだろう。そもそも人は人間として生きているのだろうか。生命として生きていくとは、動物のように摂理に従って自然と共存して生き、繁殖していくことではないのか。

人は生命を生きるのではなく、繁栄と権力と富に向かって生き抜こうとしている。その先にあるのは、間違いなく共存共栄ではなく、破滅である。心ある人なら夙に知っていることである。それを声高に訴えてもいる。しかし、世界の権力者とリーダーは耳を傾けない。ひたすらに富に向かっている。それが心の豊かさという知の富であるならどんなに素晴らしいことだろう。

それを夢みる時代は過ぎ、疾うに終焉を迎えてしまっている。これは悲観論ではなく事実である。書き換えることの出来ない、唯一つの事実であり、現実でしかない。もう警告も警鐘も何の意味も効果もない所に人類は来てしまった。
今は唯、静かにその時を迎えるのみである、人間に出来ることは。


そして私に出来ることは、「祈る」ことだけである。
そして私は想う、私は名も無き一輪の草の花であったと。

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