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分析者の徒然草  ブログ 

《免許更新》徒然草-19

誕生日が来ると、免許更新の時季になる。
免許センターに行き、座学を受けて、ようやく新しい免許を手に出来る。三年に1回の事とは言え、何とも所在の無い時間を過ごさなければならない、ある種の憂うつ感に襲われ、心が滞る。
帰りの車は爽快に飛ばし、オープンにして走る。何とも解放された、愉快な気分でハンドルを握る。

そもそも私が車のハンドルを握ったのは、今となっては時効なので言えるが、13才の時だった。中1で私は田舎の畦道や砂利道の県道を走っていた。当然その頃はマニュアル車しかなく、シフト操作しながら、普通に田舎道を走破していた。爾来ウン十年、何度免許書き換えした事か。



晴れて18才になり、直ぐに自動車学校に行き、免許を取得し、正々堂々と公道を走った。その年月日は、今は免許証にはない。一度更新を忘れ、失効してしまい、改めて手続きしたため、その年の日付になってしまった。とまれ、車を乗り続けている。
あのF1レーサーの中嶋よりも早くハンドルを握っているかもしれない。

車の楽しさは、車と一体になって自分の思うままに操れる万能感と背中を押されてtake offするのではと思わせる加速感こそ、ジェットコースターを越えた、快楽をもたらすことだ。その快楽は、よく麻薬に喩えられるが、その快楽には常習性はあっても、副作用や禁断症状はない。普段は全く忘れていて、乗って、アクセルを踏んで加速した時、あ! これだと憶い出す。人は何故この加速度が生み出すGに、酔い痴れるのだろう。



私は酒も煙草も、勿論薬物など触れようもないが、一度もアルコールによって意識低下したこと、即ち泥酔したことはない。そして、全身麻酔もしたことがないので、意識失ったことは、寝ている時以外に経験がない。せめて、音楽に聴き惚れたり、美に触れてうっとりしたりするくらいである。

陶酔の境地に至ってみたいものだが、自力でそこに至るとすれば、それは真理に触れた時に、私は時空を超え、分析中独り、実は陶酔している。

 

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