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分析者の徒然草  ブログ 

《苔落とし》徒然草-16

 

森の中の詩涌碑庵は、数年を経ずして、外壁に苔が生えて、緑色の帯で囲まれてしまう。この清掃は、高圧洗浄機で自らが行う。小さな家とは言え、ぐるりと洗浄するには、それなりの時間と労力が要る。覚悟して、休日それに臨んだ。
二代目洗浄機は数年前に一度使った切りで、果して正常に作動するか心配だった。

いざスイッチを入れると、それは杞憂に終った。作業は無事終了し、腕と腰の痛みと、ほぼ全身びしょ濡れ状態で、片付けることになった。
実はこの洗浄機を一まとめにして、箱に入れることが一苦労なのである。ホース類など、いい加減にまとめておいても差支えないのだが、その時、おやじの顔が浮かんだ。
普段、全く父親のことなど憶い出すことはないが、その時は何故か浮かんだ。それは、農機具修理を生業としていたおやじは、工具類や機械に対して、大事に接していた幼い頃の記憶があった。



キレイにしてくれた洗浄機への敬意と愛着を持て! とそうおやじに云われた様な気がして、丁寧にホースやコード、本体をキレイに拭いた。
道具・工具を大切にするのは職人の基本だが、そんな当り前の事に気付くのに、多くの歳月を用した。自分でやらずに、すべて他人任せでは、到底気付くことは出来ない。自らの体を使い、汗だくになって初めて、対象と対話できるのである。
日頃、人とだけ接触している身にとって、機械や物に接することは少ない。余りにその機会が少なく、私はいつしか人と物との対話を忘れていた。



おやじは農機具を通して、そのエンジン、機械音、オイルの色に臭いなどと対話していたのである。だから、音を聴くと、その故障箇所が、即座に解った。それはメカニズムを知悉していたからである。そして経験によるデータが数多く蓄積されていたからである。
私でいえば臨床体験の豊富さが、診断能力を高め、ほぼ僅かな時間と言葉で、心の構造と病理の心的因子が解るのである。そのノウハウは、膨大なデータの裏付けがあって、初めて成立するものである。
それは、おやじは機械への愛着と、私はクライアントへの信頼に於ける対話の結果なのである。

おやじは、私に特別な教育はしなかったが、物との関係において、対象への愛と対話を教えてくれていたのである。

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