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分析者の徒然草  ブログ 

《城跡を吹き抜ける風》徒然草-8

ロアール川の古城巡りをしたのは、21才の時だった。川沿いの城を巡るツアーで、中でも最も美しい城は、16世紀の1515年建立のシュノンソーの佇まいは、数十年を経た今尚、記憶に留まっている。中世にタイムスリップしたのは勿論、我が心の故郷だと思った。

あの時の池と風のそよぎが、肌を横切ることがある。森と湖に囲まれてはいなかったが、あれも古風な静寂を保ち、時空を超えた永遠の一つの姿である。

日本にも数多くの名城がある。中でも城は無いが萩の指月城跡は、感慨深く脳裡に焼きついている。それは、初めて車で独り旅をした折、山陰の萩市を訪れた時に観た風景である。車で東海道、山陽、山陰、を巡り、京都に入り、東海道を東京に戻るコースだった。
何の目的もなく、唯々車で見知らぬ地を訪れる、唯それだけの事。学生時代のイベントである。

目的なき旅も、萩に入り、吉田松陰のつくった松下村塾前の空き地に車を止め、車中泊した。特別吉田松陰に心酔していた訳でもなく、唯何となく、神社の境内で、泊まるのに安全というだけのことだった。
朝を迎え、境内を散歩し、木立と石畳の上を歩いていると、両親の間で小走りに歩く5才位の男の子の両手がしっかりと両親につながれている後姿が、早朝爽やかな11月の冷気と伴に、鮮やかに、目に映った。

家族だ、日本の平凡な家族の断片を見た気がした。その頃、私は家を出る決意をしていた。漸くの親からの自立を果たそうとしていた。実家を捨てる。もう私には、帰る家はない、と決めた。
私は城を失った城主だったのかもしれない。

その心の印象が、城のない、城跡だけの指月城を印象深くしたのかもしれない。日本海に突き出た、城壁の石組みが、力強く、頼もしく見えた。
そして、一言心の中で呟いた。

「これから、私を生きる」と。

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