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分析者の徒然草  ブログ 

《ブルーシャトウ》徒然草-7

三浦春馬君の突然の死に動揺し、その余震が続いて、泣きくれて、途方に暮れている女性のクライアントが何人か居る。20代の若い引きこもりの娘(こ)達である。
大ファンという訳ではないが、それなりのファンで、その喪失感たるや、傍目にも痛々しい。励ます言葉もない。

何故、それほどの衝撃だったのか。
それは彼のパーフェクトである。完全な人が去(な)くなったという。
才能と美を備え、その上に人格者であった人柄の良さが、何より死からもっとも遠い処に居た人が、あっという間に消えた、その唐突さに、理由のなさに、呆然としたのである。

青春時代に憧れたアイドルや、スター、ミュージシャンが居た。そのどの人達も、懐かしの昭和番組に、老いたその姿を晒して、自分の老いも知らされ、それは見ない事にしている。
その中で唯(た)った一人、自殺した人がいる。ブルーコメッツのI氏である。
私は彼のフルートを吹く姿に惚れた。そして高校時代フルート教室に通った。

ぶ厚い扉を開けると、そこに小太りの男性が居た。
狭い部屋で、個人レッスンだった。芸大生で教師のアルバイトしていた。
課題曲は、J.S.BACH「管弦楽組曲第2番ロ短調」の「メヌエット」。
その曲が私とBACHとの出会いだった。そこから一気にClassic音楽にのめり込んでいった。
そして、フルートを吹きまくり、自己流のアドリブをバンドで吹くことが夢となった。

それは後年仕事仲間とバンドを組んだ30代に実現し、I氏の真似事をした。夢は叶った。
「あの日に帰りたい」とか、ボサノヴァ風の曲に、勝手にフルートをつけた。
I氏は私にとって偉大な人だった。今もフルートを吹き、ピアノに触れる機会を持てるのも、I氏の格好いいフルート演奏から、BACH、Classic、作曲へとつながる端緒をつけてくれたのだから。

音楽の世界の扉を開けた、あの高校時代のレッスン教室の時からだったのだ。

 

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