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分析者の徒然草  ブログ 

《幸せの基準》徒然草-2

人はふと昔を振り返ることがある。
そのきっかけが過去の映像の一部と重なったり、風が何かの香りを運んできた時とか、木々のざわめきだったり、眩しい海の波が白く光った時などに、ふと過去の何でもないシーンが浮かび、どう仕様もないほどの懐かしさに、郷愁の想いに馳せられる。

私が徒然草を書こうと思ったきっかけも、そんな些細な郷愁からだった。
ラジオからかぐや姫の『神田川』のセンチメンタルなヴァイオリンのイントロが流れて来たのを耳にした時、一瞬にして私の記憶は蘇った。
京都花園に単身、大志を抱いて孤独に生きていた青春の出発の地のアパートと近くに、吉田兼好が『徒然草』を執筆した居の跡を憶い出した。今からもう数十年前の事である。

あの頃は家賃一万円、共同トイレ、風呂なし、六畳一間に一畳のタイルの流し台。貧しさの極致だった。しかし、今想い起こせば、清貧とは言わないが、ある意味最も充実して生きていた時代でもあった。豊かさが必ずしも幸せの必要条件ではなく、生きている実感の強さが幸せの条件だと、今思う。

あの頃、貧しく、惨めで、弱く情けない、何の取柄もなかった私だが、確かに私は生きていた。

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